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晩年の芥川が、少年時代を仮構・修正しようと試み、挫折した試みとして僕の関心を惹く
『或る阿呆の一生』
(引用者改変)
三 家
彼は或郊外の二階の部屋に寝起きしてゐた。
彼の伯母はこの二階に度たび彼と喧嘩をした。それは彼の養父母の仲裁を受けることもないことはなかつた。しかし彼は彼の伯母に誰よりも愛を感じてゐた。一生独身だつた彼の伯母はもう彼の二十歳の時にも六十に近い年よりだつた。
彼は或郊外の二階に何度も互に愛し合ふものは苦しめ合ふのかを考へたりした。その間も何か気味の悪い二階の傾きを感じながら。
十四 結婚
彼は結婚した翌日に「来(き)々(そうそう)無駄費ひをしては困る」と彼の妻に小言を言つた。しかしそれは彼の小言よりも彼の伯母の「言へ」と云ふ小言だつた。彼の妻は彼自身には勿論、彼の伯母にも詑(わ)びを言つてゐた。彼の為に買つて来た黄水仙の鉢を前にしたまま。……